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人生レースの最終目的

 人生の最初の二十年は社会に出る準備期間、次の四十年は社会で活動する期間、そして定年を過ぎたあとの二十年間は死を迎える準備期間ではないか。
 死と言う悲しいものを忌むべきものと考えがちだが、決してそんなものではなく、魂の新たな旅立ちである。
 地位や財産ではなく、死ぬときどれだけ心がうつくしくなっているか。それが人生と言うレースではないか。そして、そのためにあるのが宗教の戒律ではないか。
 戒律を守ることなどできやしないと悩みました。でも守れないのが普通の人間、守らねばならぬと思うことが大事であり、それが魂を高めることだと考えた。
 六十五歳で出家された京セラの稲盛和夫さんは語る。
京セラを売上高二兆円の会社に育てた稲盛さんにしてこの言葉である。
托鉢を経験した折、掃除をしていた女性が何も言わずに百円をくれたり、「新しいお坊さんですね。おなかがすくでしょう」と声をかけてくれる。そういう人たちに出会って、自然と手を合わせる。そうするうちに、至福の喜び、幸せ感が心の中に充満してくる。愛が私を押し包むような体験をした、とも語っている。
財産の多寡ではなく、人は無償の愛を感じた時に至福を感じるのだと思う。

自分の手で『道』を塞ぐな!

 百貫目のものをかつごうとしたって それは無理だ
 君がかついでも 倒れずにすむだけを かつぎたまえ それでたくさんなんだよ
 その他は神と天才にまかせればいいのだ
 僕達はかつげるものをかつげばいいのだよ
 それもあまり重いものはかつがないでいいのだよ
 人間らしい心を失わず 人間らしいよろこびを失わない程度の
 荷物をかつげば それでいいのだよ
 あとはどうかしてくれるよ 心配しないでいいのだ
 そのうち僕達もだんだん力が強くなるだろうよ 安心したまえ
 しかし時々は全力を出そう くたばってみよう 男らしく
 

(武者小路実篤『人間らしさを失わず』)
 「もっともっと」病にかかって、荷物を担ぎすぎて息苦しくなっていませんか?
 自分の手で塞いでしまったものなら、自分の手で払い除けるしかない。